意外と知らない!?任天堂がゲームを作るまでの歴史!
任天堂とは
主に玩具やコンピュータゲームの開発・製造・販売を行う日本の企業(Wikipediaより引用)
任天堂は、マリオやゼルダ、ポケモンなどで有名な、言わずと知れた世界的ゲーム会社です。
ゲーム会社といわれると、近代的なものだと思いがちですが、実は任天堂は明治時代に創業された超老舗企業なのです。
この記事ではそんな任天堂の知られざる歴史をいくつか紹介したいと思います。
最初は小さな花札屋さんだった
その後かるた、トランプ等をを作るようになっていきました。
ちなみに、日本で初めてトランプを製造したのも任天堂だったりします。
変わらない所在地
私達が遊ぶ任天堂のゲームは、全て京都で作られているのです。
このことは、ゲーム作りにおいても多少影響しているようで、スターフォックスの主人公がキツネなのは伏見稲荷大社が関わっているのだとか。
スターフォックスの話の詳細はこちらから社長が訊く『スターフォックス64 3D』|ニンテンドー3DS|任天堂
現在も花札を売っている
ゲーム会社として世界的に有名になった現在でも、公式サイトの一番下には「トランプ・花札など」という記載があります。
通常のトランプ・花札に加え、マリオやスプラトゥーン、カービィなどのゲームキャラクターをあしらったものも販売されています。
公式ページ
トランプ・花札の限界
当時の任天堂は、トランプ・花札の事業で大きな利益を上げていました。
更なる成長を求めていた社長 山内溥氏は、本場アメリカのトップ企業の視察に行きました。
しかし、その企業があまりにショボかったため、業界自体の限界を感じ始めます。
多数の事業に手を広げる
業界に危機感を覚えた山内社長は、多数の事業に手を伸ばし、多角経営を始めました。
- ベビーカー事業
- タクシー事業
- ラブホテル事業
など、今の任天堂からはとても想像できないような事業を展開し、これからのあり方を模索している状態でした。
しかしながら、残念なことにほとんどの事業が失敗してしまいます。
そんな中1つだけ成功した事業がありました。
それが...
おもちゃ事業
1965年、後にゲームの父と呼ばれることになる"横井軍平"氏が任天堂に入社します。
彼は、斬新な発想で数多くのおもちゃを作りました。
ウルトラハンド
手元のハンドル部分を動かすと、ビヨーンと伸び縮みするおもちゃです。
140万個も売れた大ヒット商品です。
ラブテスター
センサーが2つあって、片方ずつ握るとメーターの針が動き、2人の愛の度合いが測れるというおもちゃです。
おもちゃはやがてデジタルへ
数々のおもちゃがヒットし、立直し始めた任天堂。
そしてついに、任天堂がゲームの世界へと進み始めます。
カラーテレビゲーム15
任天堂初の家庭用ゲーム機です。
カセット式ではなく、元から入った15個のゲームが遊べる。100万台を売り上げ、任天堂の未来を大きく動かしました。
その後、ゲームウォッチやファミコン等のブームへと続いていった
まとめ
花札屋として創業した任天堂は、様々な事業の失敗を経ておもちゃ屋という道を見つけました。
そして時代の流れ、技術の進歩によっておもちゃの形がデジタルのものに移り変わり、現在に至ります。
創業〜現在で大きく変わった任天堂ですが、今も昔も人を楽しませるための物作りをしているということに変わりはないと思います。
今後の任天堂にも期待しましょう!